私はこれまで、小学生から成人まで幅広い年齢の方を対象に、精神分析的心理療法を提供してきました。精神分析的心理療法は、相談者の心象風景を、相談者とセラピストの間に展開する人間関係を通して見ていくもので、時間をかけてゆっくりと自らの心のありようを探索したい方に向いている療法です。相談者の心の中にどんな人がいるのか、もしくはいないのか、どんな感情があるのか、もしくは感じたくないと思っているのかなど、お話をお聞きしながら一緒に考えていきます。夢についてもお聞きします。人の心は、自分以外の誰かが自分の心に関心を持ち、考えてくれることで成長・変化します。心が成長・変化するにつれ、当初抱えていた悩みや問題に対しても見方や感じ方が変わる、気分の変動が小さくなる、自分らしく生きられるようになる、といった変化が感じられるようになるでしょう。
経歴:精神科心理士、スクールカウンセラー、大学学生相談室カウンセラー、企業カウンセラー、HIVカウンセラー、私設心理相談室セラピスト
IPPO(精神分析的サイコセラピーインスティチュート・大阪)セラピスト養成コース修了
京都には沢山のカウンセラーやセラピストがいて、誰が自分に合うのか迷っておられることと思います。このページを見てくださったあなたに、以下の文章が少しでも参考になれば幸いです。
誰かに自分の話をじっくり聞いてほしい。けれど、そういう相手が身の回りにいない。そういう方に、来ていただけたらと思います。
この相談室に続けて通って来られる方たちは、もちろんご自身の問題を解決したいと願って来られます。しかし私は、すぐに解決できるような答えや方法を持ち合わせているわけではありません。その代わりに、相談に来られた方が抱えておられる困り事や悩みが、どこから起こり、どのようにその方を困らせているのかを、時間をかけてうかがいながら、ゆっくりと解決に向かっていけるようお手伝いしています。
ここで「時間をかける」ことを強調するのには、意味があります。人は、表面的にはすぐに問題を解決したい、自分を変えたいと願っていても、実際の変化には長い時間がかかるものだからです。今の自分をどれほどしんどい、嫌だと感じていても、長年、不都合を抱えながらも慣れ親しんできた自分がすっかり変わってしまうことには、どこかで怖さを感じ、元に戻ろうとする力が働きます。それでもセラピーをコツコツと続けていくと、変化は行きつ戻りつを繰り返しながらも、長い目で見れば確かな変化として実感できる日が来ることでしょう。そして、そのようにして得られた変化は、後戻りすることが少ないのです。
自分はどこか人と違う、まわりにうまく馴染めない——そういう感覚を、昔から抱えてこられた方もおられるかもしれません。
表面的には集団のなかにいて、うまくやれているように見える。けれど、心のなかでは小さな違和感がさざ波のように立っていて、それを誰にも言えないまま、ひとりで抱えている。そういう方がおられます。
なかには、その違和感がもっと大きく、深い方もいます。話をうかがっていくと、自分はまるで外国人のように、もっと言えば、異星人のように感じている——自分の中身が周りの人とは違っていることが、いつかばれてしまうのではないかと、強く恐れている。そういう方もおられます。
そうした方も、セラピーの場に少しずつ慣れてくると、恐る恐る、自分と周りの人たちとの違いについて、語りはじめます。
その語りを受けとめる手は、ときにやわらかく感じられるかもしれませんし、ときにはごつごつとした手のように感じられるかもしれません。そうやって、あなたの心に一緒に触れていく作業をします。その過程で、受けとめられた、理解された、と感じることもあれば、うまく受けとめてもらえない、と感じることもあるでしょう。
けれど、うまくいかないときこそ、これまでのあなたの人生で受けとめられなかった、理解されなかった——そうした体験と、どこかで重なっているのかもしれません。だとすれば、それはむしろ、心の作業を共にする手がかりにもなり得ます。
ところで最近は、AIを相手に、まるでセラピストのように話してきた、という方もおられます。けれど、それでは足りなくなって、ここを訪ねてこられる。AIは、あなたの話をうまくまとめ、理解を示してくれます。その点では、おそらく私よりも上手でしょう。
では、なぜそうしたAIと話してきた方が、わざわざ私のところを訪ねてくるのでしょうか。それはおそらく、AIはあなたの話を受けとめてはくれても、あなたの心について自分から考え、理解しようと働きかけてくることはないからではないでしょうか。
人の心は、いつも、自分のことを考えてくれる他者を求めています。そしてその役割は、生きた心を持つ他者でなければ果たせません。誰かに考えてもらうことを通してのみ、人の心は変化し、成長していくのです。
相手は他人ですから、ときにはうまく理解してもらえないこともあるでしょうし、あなたが望んだようには応えてくれないかもしれません。それでもなお——いえ、だからこそ——そうした他者が、人の心には必要なのです。
では、誰かに話を聞いてほしいのに、その人が身の回りにいない——そう感じて来られた方は、どのようにして終わりを迎えるのでしょうか。それは、その方の内面に、話を聞いてくれる人が宿ったときです。それまでは、現実に存在するセラピストがその役割を肩代わりします。しかし、セラピストがその方の心に宿り、内側で対話できる相手として根を下ろすことができたなら、そのときがセラピーの終わりとなります。だからこそ、サイコセラピーのなかで長い時間をかけて起こった変化は、簡単には後戻りしないのです。
